「移住失敗」を煽る記事の大きな嘘。本当に足りなかったのは資金ではなく「当事者」になる覚悟だ

移住の計画と手続き
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最近、ネットのニュースなどで「地方移住の失敗」や「後悔」、さらにはその「末路」を過剰に煽る記事をよく見かけます。

先日も、ある60代の夫婦が沖縄へ移住したものの、資金が底をつき、家族にも会えないという理由から、わずか2年で東京へ逃げ帰ったという「悲惨な事例」を紹介する記事を目にしました。記事の論調は「だから地方移住は恐ろしい」「しっかり見極めないと後悔する」というものです。

しかし、現在いわき市の県営団地を拠点に、地域の方々と関わりながら移住生活を送っている私の視点からすると、この記事には強烈な違和感を覚えます。

彼らが失敗した本当の原因は、地方の環境でも、資金不足でもありません。単に、その土地に骨を埋めるという「当事者になる覚悟」が、決定的に欠けていただけなのです。

移住を「長期の観光旅行」と勘違いする悲劇

リゾート消費と「日常の続き」の決定的な差

失敗を報じられた夫婦は、移住直後に700万円の高級SUVを購入し、景色のいいカフェやリゾートホテルでのランチを日常的に楽しんでいたそうです。それは移住ではなく、ただの「長期の観光旅行」です。

移住とは、非日常のレジャーではなく、これまでの「日常の続き」を別の土地で紡いでいく作業に他なりません。 私の現在地は、いわきの県営団地です。身の丈に合った住居をベースキャンプとし、日々の連絡手段も、見栄を張るのではなく実用性を重視して中古のスマートフォンを賢く選ぶ。地元のスーパーで旬の食材を買い、淡々と日々の生活を回していく。それが「地に足の着いた生活」です。

最初からお客様気分でリゾートを消費し、資金を溶かした挙句に「移住は失敗だった」と地方のせいにするのは、あまりにも筋違いと言わざるを得ません。

「誰も来ない」と嘆く前に。家族への依存と精神的自立

いつか巣立つ家族を「老後の娯楽」にしていないか

彼らがわずか2年で帰京を決断した最大の決定打は、東京にいる子どもや孫が「遠いから遊びに行きたくない」と言ったことだそうです。

しかし、少し考えればわかるはずです。孫はいずれ成長し、自分の世界を持ち、大人になれば祖父母の元からは確実に旅立っていきます。その当たり前の事実すら想像できず、いつか離れていく家族を「老後の娯楽」として依存している。その精神的な自立の欠如こそが、孤独の本当の原因です。

待つのではなく、自ら「当事者」として飛び込む

待っていれば誰かがもてなしてくれる「お客様」のままでは、どこへ行っても居場所はできません。

居場所とは、自ら当事者としてコミュニティに飛び込み、泥臭く作っていくものです。私は移住してすぐ、同じ階段を使う世帯へ手土産を持って挨拶に回りました。また、久之浜でのプラモデル製作のワークショップに参加して地元の方々と笑い合うなど、自ら地域の中へ入っていく行動を続けています。

出来合いの人間関係(家族)に依存するのではなく、その土地で「個」として立ち、新しい隣人たちとお互い様で助け合える関係をゼロから築き上げる。その覚悟がなければ、移住は成り立ちません。

戦略的撤退(Uターン)は賛成。だが彼らは「それ以前の問題」

土地が合わなかったのではなく、見通しが甘かっただけ

誤解のないように言えば、私は「移住したら絶対にそこから動いてはいけない」とは思っていません。 その土地の風土がどうしても合わない、予期せぬ健康問題が起きたなど、深刻なミスマッチがあれば、元の場所に戻る「戦略的撤退」は現実的で正しい選択です。

しかし、この夫婦のケースは完全にそれ以前の問題です。 飛行機が必須の距離を選んでおきながら「家族が気軽に来てくれない」と嘆くのは、単なる見通しの甘さです。本当に家族との距離を大切にしたいなら、例えば私がいわきから特急列車を利用して、上野などの都心へスムーズにアクセスしているように、「完全に切り離されない現実的な距離感」の場所を選ぶべきだったのです。

彼らは「どうしても合わなかった」のではなく、単に資金管理が甘く、不満があればすぐに東京へ戻るという逃げ道を残したままの「腰掛け」だったに過ぎません。

専門家の的外れな結論に物申す。人間関係は「見極める」ものではない

誰とどう住むかは、自らの敬意で「築き上げる」もの

元記事の最後で、専門家はもっともらしくこう結論づけています。 「老後の住まいを考える際は、どこで暮らしたいかだけでなく、『誰と、どのように暮らしたいか』という点も踏まえて、慎重に見極める必要がある」と。

移住のリアルを知る人間からすれば、この結論は完全にピントが外れています。

移住先での「誰と(人間関係)」や「どのように(生活の知恵)」は、お金を払えば用意されているパッケージツアーではありません。「事前に見極める」ような受け身の姿勢こそが失敗の元凶なのです。

まずはその土地のルールに敬意を払い、自ら頭を下げて挨拶をし、相手の懐に飛び込んでいく。そうやって自らの手と誠意で「築き上げていく」のが、本当の移住です。

覚悟を決めたベースキャンプから、次の夢へ

逃げ道を残したままでは、結局どこへ行っても根は張れません。「ここに骨を埋める」という覚悟を決め、泥臭く日常を積み上げた先にしか、本当の居場所は現れないのです。

今、私がいわきの団地で築き上げている生活は、決して「上がり」ではありません。最終的な目標は、ヤギと一緒に暮らせるような自然豊かな環境を手に入れること。今の生活は、その夢に向けた大切な、そして力強い「ベースキャンプ」です。

移住を煽る無責任な記事に怯える必要はありません。 「お客様」であることをやめ、「当事者」としてその土地に敬意を払う覚悟さえあれば、あなたの新しい人生の物語は、確実にその土地に根を張り、次の夢へと続いていくはずです。

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