【移住2年目の本音】「いわき市民」にはすぐなれたけど、「福島県民」になるには1年かかった話

いわき暮らしのリアル
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こんにちは。千葉の私鉄沿線からいわき市に移住して2年が経つ筆者です。

地方移住をするとき、「〇〇市に住む」という自覚はあっても、「〇〇県民になる」というところまでリアルに想像できている人は、実は少ないのではないでしょうか。

今回は、私が移住直後に一番戸惑い、2年をかけてお気に入りのセルフイメージへと変わっていった「県民」という言葉をめぐる、ちょっと不思議な心の変化についてお話しします。

首都圏にはない「県民」という言葉のシャワー

以前、私が千葉県民だった頃、普段の生活で「千葉県民」であることを意識することなんて、選挙の投票所にいく時くらいでした。毎日都内へ通勤していましたし、生活圏も意識も東京とシームレスに繋がっていたからです。

ところが、いわきへ移住した直後、テレビをつけて激しいカルチャーショックを受けました。

福島のローカル番組やニュースでは、毎日のように「福島県民の皆様」という言葉が飛び交っています。それどころか、流れるローカルCMでも「県民の皆様のために奉仕する〇〇企業」といったフレーズが次から次へと耳に飛び込んでくるのです。

首都圏にはなかったこの「県民」という言葉の密度の濃さに、最初はどこか、気恥ずかしさのような、圧倒されて戸惑うような感覚を覚えたものでした。

いわき市民にはすぐなれた。でも「福島県民」は……

誤解のないように言うと、「いわきでの暮らし」にはすぐに馴染めました。美味しい魚、温かい気候、親切な人たち。毎日の生活の舞台がいわき市ですから、「いわき市民」としての自覚や愛着は、早い段階でしっかりと芽生えたのです。

しかし、「福島県に移住する」という大きな枠組みでのイメージがあまりないまま来てしまったため、テレビから流れる「福島県民」の枠に、自分をどう当てはめていいのかが最初はピンと来ませんでした。

「いわき市民ではあるけれど、自分はまだ、あのCMが語りかける『福島県民』の仲間入りはできていないんじゃないか」

そんな、ちょっとした距離感をしばらく抱いていました。

移住1年を過ぎた頃、それは突然「自覚」に変わった

そんな不思議な違和感に決定的な変化が訪れたのは、移住して1年を過ぎた、昨年の11月のことでした。

ちょうど運転免許の更新の時期を迎え、手続きを終えて手渡された新しい免許証。そこには、はっきりと「福島県公安委員会」の文字が刻まれていました。

それまで財布に入っていた千葉の免許証が、物理的に福島のそれへと変わった瞬間、頭の中の霧がスッと晴れました。毎日毎日、テレビやラジオから浴びていた「県民」という言葉が、その文字を見た瞬間に何の引っかかりもなく、ストレートに「自分自身のこと」としてカチッと腑に落ちたのです。

強制されたわけでもなく、時間が、そしてこの1枚の免許証が、私を本物の「福島県民」にしてくれた瞬間でした。

「福島県民ですけど、何か?」と言える心地よさ

今、移住して2年目も半分が過ぎようとしています。 私は仕事や用事で、年に何度か東京へ出かけることがあります。

かつて毎日のように歩いていた大都会・東京の街並みを歩いているとき、今の私の心の中には、以前とは全く違う、愉快で誇らしい気持ちが居座っています。

「福島県民ですけど、何か?」

すれ違う人混みの中で、心の中でこっそりそう呟くとき、私はこの福島という土地が、そしていわきでの暮らしが、本当に大好きなんだなと実感します。

地方移住は、ただ住む場所の住所が変わるだけの手続きではありません。 最初はちょっと戸惑うかもしれないけれど、時間をかけて、その土地の「県民」という新しいアイデンティティが自分の中にゆっくりと育っていく。それこそが、移住という人生の大冒険がくれる、一番の醍醐味なのかもしれません。

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