首都圏、特に都内周辺での車の運転は、本当に神経を使いますよね。複雑に分岐する車線、ひっきりなしの合流、そして何より避けては通れない慢性的な渋滞。「運転=疲れるもの」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
私も福島県いわき市へ移住する前は、そんな首都圏の道路環境の中にいました。
地方へ移住すれば「道が広くなって走りやすくなるだろう」という期待はなんとなく持っていましたが、実際に暮らしてみて初めて気づいた、思いがけない「心地よさ」があったのです。それは、自分自身も移住前にはまったく予想していなかった、嬉しい誤算でした。
東京方面へお出かけした帰り道、「我が家に近づけば近づくほど、道路がどんどん空いていく」という、首都圏暮らしの頃とは真逆のグラデーション。今回は、都内でハンドルを握っていた頃の記憶を振り返りつつ、移住して実感した、地方ならではのささやかな暮らしの贅沢についてお話しします。
【以前の記憶】常磐道上りの大洗礼。「柏先頭45キロ」の渋滞に巻き込まれたあの頃
かつて首都圏に住んでいた頃、週末に茨城や遠方へドライブに出かけた帰り道は、いつも特有のプレッシャーとの戦いでした。
楽しかった時間の余韻に浸りながら常磐道の上り線を走っていると、友部JCTを過ぎ、岩間ICの手前に差し掛かるあたりから、目に見えてまわりの車の密度がザワつき始めます。そして、ついに目の前に現れる広域情報板。そこに映し出されるのは、進行方向に沿って見事に「真っ赤」に染まった地図と、「三郷まで90分」という無慈悲なオレンジ色の文字でした。
「あぁ、やっぱり今日もか……」
そこからはブレーキランプの連鎖です。少しでも早く進もうと、わずかな隙間を狙って強引に車線変更を繰り返す車たちに囲まれ、一瞬も気が抜けないノロノロ運転が始まります。前の車の不規則な動きに過敏に反応し、何度もブレーキを踏み直すうちに、すり減っていくのは体力というより、完全に「神経」でした。
カーナビの画面を見れば、目指す流山インターまではあと数十キロ。地図の上では「もう少し」の距離に見えるはずなのに、一向に進まないテールランプの列の中で、その道のりは気が遠くなるほど長く感じられます。
せっかくの休日を楽しんだはずなのに、我が家に近づくこの最後の数十キロの区間で、神経がすっかり擦り切れてドッと疲れ果ててしまうのが、当時の当たり前の日常でした。
【現在の快感】流山から乗る常磐道下り。水戸・日立を過ぎて車が消えていく
いわき市に移住した今、東京方面での用事を終えて帰路につく時間は、かつてとは全く違う爽快なひとときに変わりました。
出発地となる流山インターから常磐道の下り線に入った直後は、まだ首都圏のせわしなさが残っています。3車線すべてが車で埋まり、平均時速80キロほどで流れる「やや混み」の状態。渋滞こそしていないものの、まだお互いの車が密集している緊張感があります。
ところが、友部や水戸を通過するあたりから、景色の変化とともにまわりの車の波がスーッと引いていくのです。気づけば3車線だった道路は2車線になり、それぞれの車間距離が驚くほど広くなっていきます。
商用車や他県ナンバーの車たちがそれぞれのインターで降りていき、日立の連続するトンネル群をくぐり抜け、電光掲示板に「トンネル連続区間終了」の文字が現れた瞬間、世界は完全に「自分のホームグラウンド」へと切り替わります。
緩やかなカーブと心地よいアップダウンが始まる道路で視界に入る車は前後にわずか2、3台だけ。地元の穏やかなラジオ放送をバックに流しながら、「今頃、反対の上り線はあの『三郷まで90分』の赤いランプの中に捕まっているんだろうな……」と、かつての経験を静かに思い返す。不必要なブレーキを一度も踏むことなく、アクセルを一定に保って悠々とクルージングする時間は、何とも言えない極上の快感です。
【結び】「家に近づくほど心が軽くなる」という、移住して知った人生のご褒美
「家が近づくにつれて、道路が混み始め、運転のストレスがピークに達する」 首都圏で暮らしていた頃は、それがお出かけの避けては通れない結末であり、当たり前の常識でした。
しかし、いわき市に移住してからは、その常識が180度ひっくり返りました。家が近づくほどに視界が開け、道が空き、心がどんどん軽くなっていく。最寄りのインターを降りてからの一般道も驚くほどスムーズで、遠出の楽しかった余韻や心地よい遠足の気分のまま、ストレートに自宅の駐車場まで着地できる幸せがあります。
移住前は、「車社会の地方都市に行くことで、日々の運転が負担になるのではないか」という不安も少なからずありました。まさか暮らしてみた先に、「運転がお出かけ最後のストレスを消し去るリフレッシュの時間になる」という、こんな変化が待っているとは自分自身まったく予想していませんでした。
目的地から「我が家」へ帰る道。その最後の数十キロがこれほどまでに快適で愛おしい時間になること。それこそが、地方へ移住したからこそ実感している、何物にも代えがたいささやかな人生のご褒美なのだと感じています。

